本書は、ほとんど人の利用がなく、自然の中にある駅を「秘境駅」と名づけ、その現地訪問記が多数掲載されたものである。本書で著者が、さまざまな興味深い訪問記によって明らかにするように、こうした秘境駅では、ほとんど手付かずといっていい自然に接することができる。さらに、著者も指摘するように、これらの「秘境駅」の多くが、当時の鉄道事情のために、信号所などの設備として設置されたものであることから、その存在が単なる「自然の中にある」というだけではなく、鉄道という近代文明の象徴のひとつと密接に結びついていることが示されている。
こうしたことから、「秘境駅」を「自然と文明の接点」として考えることが可能ではないか。すなわち、秘境駅が存在している空間そのものが、まさにアクセスが非常に困難な自然の中にあり、著者も野犬に襲われかけた経験が示すように、恐るべき「自然の力」を見せ付けている。それと同時に、こうした自然の中に鉄道という手段で比較的容易にアクセスできること、それそのものが「文明の力」とでもいうべきものであり、こうした「自然の力」と「文明の力」のぎりぎりの接点にあるのが、「秘境駅」といえるのではないか。
すなわち、秘境駅旅行は、都会では絶対に触れることのできない、むき出しの自然に接することができると同時に、それそのものが可能となり、また容易に、その都会へと戻ることを可能たらしめる文明の存在の両者を実感することができるだろう。
さらに、こうした「秘境駅訪問」それ自体が、さほど多くの資金を要せず、自然に接することが可能になることからも、量的拡大ではなく質的充実が経済活動の基本となる「質の経済」の一側面がここに表れているともいえる。事実JR東日本は、本書でも紹介されていた押角駅訪問のための「秘境駅号」という臨時列車を企画しており、このことの事例といえるのではなかろうか。